測定精度はどこまで向上するか?




大村 高弘 (和歌山工業高等専門学校)




 私が断熱材や多孔質体の熱伝導率を測定するようになってからほぼ30年が経った.測定を始めたころは,定常法に基づく市販の装置を使っての測定であり,室温から800ºCまでの温度領域であった.しかしながら,断熱材業界では100ºCを超える温度領域では,測定精度確認のための標準物質が無いため,測定精度をどのように評価すべきかが大きな課題となっていた(もちろん今でも大きな課題であるが).さらに,1980年代の報告(注1)ではあるが,100ºC以上の測定値は,同じ保護熱板法(注2)に基づく装置での結果であるにも関わらず,世界的なレベルで俯瞰すると±15 %以上のばらつきが存在していた(ただし,国内は別である).世界的にこのような大きなばらつきが存在する原因の一つとして,主となる測定方法が保護熱板法しかなく,他の測定方法との測定比較ができないためと考えられる.そのため,保護熱板法とは全く異なる新しい測定方法の確立が要求されるようになった.ちょうどそのころ,宇宙開発が盛んになり日本版スペースシャトルの開発が始まり,真空下かつ高温下での断熱材の熱伝導率測定の要求が高まってきた.そこで,真空かつ高温といった過酷な環境下でも伝播する温度波の位相のずれだけで熱拡散率を測定できる周期加熱法(注3)に着目し,その測定技術の開発に取り組んだ.なんとか断熱材の熱拡散率を100ºC~1300ºCの温度範囲で大気圧下及び真空下で測定できるようになった.さらに,熱伝導率に換算するためには比熱が必要であったため,同温度領域で測定可能な投下法による装置も開発した.それから10年ほど経って,この周期加熱法がISOとなり,漸く異なる測定手法間の比較が出来るようになった.断熱材の熱伝導率測定のばらつき低減やさらなる精度向上を期待するところである.ただし,それには保護熱板法と周期加熱法のさらなる精度向上も必要となる.今後,新たに異種測定手法間の比較というのを実施するようになれば,両者の測定方法をお互いに改善し合っていくという仕事が生じる.技術者にとって大変重要な仕事であると思う.
 その後,和歌山高専に移った私は,第3の測定方法を提案しようと,定常法である熱流分離法の開発に取り組んだ.高専の研究環境は,企業のそれとは大きく異なり,研究費が非常に少ない.そのため,従来の原理に基づく測定装置を開発することは不可能であった.そこで発想を変えて,ヒータの上に試験体を重ねるだけで測定できないかという夢のような話から出発した.従来の装置が高価である原因の一つが,試験体内部に一次元方向の熱流を作ることにある.そこで,試験体を単純に片面から加熱し,その内部の様々な方向の熱流から一次元方向に当たる熱流を分離できないかと考えた.早速,簡単な測定原理を考案し,試作装置で試験したところ,数百度レベルではあるが良好な結果が得られた.その後,様々な検討を行い,現在ではばらつきはあるものの-70ºC~1000ºCの範囲で熱流分離法を適用できることを確認した.
 これまでに2つの測定方法の開発に取り組んできたが,不確かさはどうしても5 %~15 %であった.これでは,1980年代とあまり変わらない状況ではないかとガッカリもしている.しかし,最近,その原因は温度測定にあり,それは温度計測技術そのものではなく,試験体を含めた装置全体にどうしても生じてしまう温度分布が引き起こす不確かさではないかと考えるようになった.例えば,試験体を取り巻く雰囲気温度には,実際には大きなムラがあり,それは到底計測できるようなレベルのものではなく,ただし温度測定に大きな影響を与えている,と言った具合である.この様な問題に対する対策があるのかというと,ほとんど無いというのが現状である.定年退職間近になってしまったが,何としてもこの問題を解決したいと願っている.せめて測定精度の限界だけでも示したいと,日々,あがいている次第である.

注1) J. G. Hust, D. R. Smith, Round-robin measurements of the apparent thermal conductivity of two refractory insulation materials, using high-temperature guarded-hot-plate apparatus, National Bureau of Standards Department of Commerce, NBSR 88-3087 (1988).
注2) ISO 8302:1991 Thermal insulation - Determination of steady-state thermal resistance and related properties-Guarded hot plate apparatus.
注3) 注3) ISO 21901:2021 Thermal insulation - Test method for thermal diffusivity-Periodic heat method.

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