研究のトレンドについて




高橋 厚史(九州大学)




 昨今,多くの学会で会員数の減少が著しい.科学技術情報の多くがインターネットで収集可能な時代となって,これまで情報源の役割を担ってきた既存の学会は多かれ少なかれ存在意義を問われている.例えば,某大手学会は学会内の「異分野融合」で存在意義を示そうとしている.ただ,会員への訴求効果がどれほどあるのか疑問である.なぜなら,抜け目のない研究者・技術者は必要な異分野情報を自発的に収集して臨機応変に共同研究を考えているはずなので,トップダウンで融合をお膳立てられても居心地の悪さを感じてしまうのではないだろうか.一方で熱物性学会は居心地がいい.トピック集中型という潔さもあるが,それ以上にサイズ感がいいと思う.小職は航空宇宙工学という学生定員30名ほどの学科に所属しているが,定員150名といった大きな学科と比べて組織の小ささが居心地の良さに繋がっていることを身をもって知っている.熱物性シンポジウムも毎年100件程度の発表で,全体を見渡して研究のトレンドが把握できるという意味で心地よい.熱物性学会には現状程度の規模を今後も維持してもらいたいものである.
 さて,抜け目のない研究者・技術者というやや耳障りの悪い言葉を使ってしまったが,それに関連してこれまで身近な人達にしか伝えてこなかった昔話をしておきたい.それはノーベル賞の取り方についての話である.全く手が届いていないくせに取り方を紹介する厚顔無恥ぶりは許していただくとして,約30年前に文部省の在外研究員若手枠という制度でアメリカのカリフォルニア大学バークレー校に留学させてもらった.滞在先は伝熱分野で世界トップクラスの研究室で多くのことを学ばせてもらったが,中でもどのような研究をすればノーベル賞を取れるのかという話は目から鱗が落ちる思いだったのを覚えている.内容はとても単純で,研究トピックには山あり谷ありのトレンドがあって盛り上がる最初期に重要な成果をあげましょうという話である.研究者の多くはその時点で盛り上がっている研究をやりたがるものだが,そういうタイミングでその研究分野に参入しても収穫は大きくないと教わった.今から考えると当然の研究戦略であり,当時なぜそこまで印象的だったのかを振り返ると日米の大学教員の置かれた環境の違いに思いは行きつく.当時からアメリカの大学では教員は皆独立しており,加えて有力大学ほど新しい学問分野を創出することに価値を認めていた.若い教員の研究資金は決して潤沢でなく,日本と違って所属講座に頼ることもできないため,抜け目なく共同研究を実施する必要があり,必然的に新しい融合的研究テーマが生まれる土壌があった.つまり,誰にでも,たとえ古い学問分野で育った若者でも大きなチャンスがあることをアメリカに滞在して実感した.
 30年前に学んだことは他にも多くあり,特に日本の強さと弱さを客観的に指摘してもらったことは大学教員として大きなプラスとなった.当時の日本の象徴的な強さは組織力による製品開発サイクルの短さだと教わったのであるが,その後のITの登場とグローバル化の進展で急速にそのアドバンテージを失ったように感じている.いわゆる失われた30年はその時期と見事に被っている.もちろん企業の人たちも研究者たちも実直に努力を続けたはずだが,振り返ると組織が個人の足をひっぱってしまった時期だった気がする.それでは組織と個人が今後成長していくためにはどうすればいいのだろうか?満点の答えはもちろん無いが,新たな研究に挑戦する若者の背中を押してやることは大学教員として最低限の務めだろうと考えている.
 

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