始まりは熱物性,そしてこれからも




麓 耕二(青山学院大学)




 「熱物性」の巻頭言を寄稿する機会を賜り,大変光栄に存じます.私にとって熱物性との出会いは,北海道東部に位置する釧路工業高等専門学校に助手として赴任した若き日に遡ります.当時,北海道大学工学部 福迫尚一郎先生の研究室にお世話になる機会を得て,熱と流体の基礎をご指導いただきました.同研究室には山田雅彦先生,堀部明彦先生(岡山大学),ならびに当時学生であった川南剛先生(明治大学)がおられ,今振り返ると,非常に恵まれた環境に身を置いていたと実感しております.
 当時,物性値の重要性に対する認識は十分ではありませんでしたが,北海道大学の実験室において堀部先生の装置を用い,低温環境下における塩化カルシウム水溶液およびプロピレングリコール水溶液の表面張力の温度・濃度依存性の測定に取り組みました.ガラス製キャピラリーを用いた毛細管上昇法により液柱高さを顕微鏡で測定する実験に没頭し,時間を忘れてデータ取得に専念した日々は今でも鮮明に記憶に残っております.その後,本研究を含む成果は論文 [1] として公表され,共著者として名を連ねる機会をいただきました.別刷を手にした時の喜びは,研究者としての原点の一つとなっています.
 その後,北海道大学にて博士の学位を取得したのち,カナダのトロント大学に在外研究員として滞在し,川路正裕先生のもとでエマルション蓄熱とヒートパイプの研究に取り組みました.相変化エマルションの研究では,相変化物質をナノ化することで長期安定性と流動性を両立させ,エネルギー問題への応用を目指しました.特に界面活性剤の物性や相変化特性の把握に注力しました.またヒートパイプ研究においては,自励振動型ヒートパイプの作動流体としてブタノール水溶液をセルフリウェッティング溶液として用い,ドライアウト抑制に関する研究を進めました.温度上昇に伴いV字型の表面張力特性を示す物性と熱輸送性能の関係性に着目した点は,現在の研究にも通じる重要な視点となっています.
 このように振り返ると,私は「人との出会い」と「新たな研究課題との出会い」に導かれてきたように思います.研究テーマは必ずしも一貫しているとは言えず,関心の軸足は少しずつ変化してきましたが,そのいずれにおいても熱物性は常に基盤として存在していました.どのような現象を扱う場合であっても,最終的には熱物性に立脚した理解が不可欠であることを,改めて実感しております.軸足が変わるといえば,北海道(釧路高専)から青森(弘前大学),さらに関東(青山学院大学)へと所属も移り変わりました.これに伴い各地域で開催された熱物性シンポジウムの運営にも微力ながら携わる機会を得ました.研究活動のみならず,コミュニティとの関わりにおいても,常に熱物性が中心にあったように感じております.
 最後に,2026年4月下旬より,大学のサバティカル制度を利用して約半年間,米国のUCLAおよびイタリアのナポリ大学に滞在し,新たな研究の種を探索する機会を得ました.これから取り組む研究においても,熱物性から離れることはないと確信しております.今後も一研究者として,熱物性に寄り添いながら研究を深化させていく所存です.

[1] A. Horibe, S. Fukusako, M. Yamada and K. Fumoto, Surface Tension of Aqueous Binary Solution at Low Temperature, International Journal of Thermophysics, 18 (1997) 387-396.

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