不確かさと向き合う




宮良 明男(佐賀大学)




 「不確かさ(uncertainty)」という概念が広く使われ始めたのは1990年頃からであり,私が大学院を修了して佐賀大学に着任した頃と同時期です.その準備は1970年代の後半から始まっていましたが,大学院で混合冷媒の凝縮や相変化伝熱を研究していた頃は,「誤差」や「精度」,「標準偏差」程度しか考えていませんでした.伝熱実験の熱収支が±5~10%程度で一致し,熱伝達率の相関式が実験値を±20~30%以内の誤差で予測できれば満足しており,論文中に「不確かさ」を明記する必要も,査読者から要求されることもない時代でした.
 熱伝達率の測定は,移動量の測定であるとともに,沸騰や凝縮では物理現象そのものが変動しているため,どうしても測定の不確かさが大きくなります.また,熱伝達率が高くなるほど温度差が小さくなるため,高精度な測定が困難になります.真面目に不確かさと向き合った結果だと思いますが,相対不確かさが50%を超えるデータが論文上に掲載されていることもあり,このデータは信頼できるのか,どう取り扱えばよいのかに迷います.
 一般的な熱物性値の測定の相対不確かさは,PρT性質で0.01~0.1%,音速で0.01~0.05%,粘度や熱伝導率で1~3%です.一方,熱伝達率では10~30 %程度であり,不確かさの値が1~3桁も違います.これは,熱物性研究では不確かさをいかに小さくして物質の性質を測定するかを追求しており,伝熱研究では不確かさの中にある現象を測定して理解することを追求していることに起因します.不確かさの値が桁違いに異なり,現象のばらつきがGUMだけでは十分に表現できないので,不確かさとの向き合い方も,熱物性研究と伝熱研究では異なっているように感じています.熱伝達率は,流れ場や温度分布,物体形状など,多くの要因の影響を受け,表面のわずかな汚れで値が大きく異なることもあるので,同じ研究者が同じ装置で測定しても,完全に同じ値になるとは限りません.どの装置でも誰が測定しても同じ値になることが要求される熱物性研究とはこの点においても大きく異なります.
 熱物性の研究者と議論すると,トレーサビリティが確かで高精度な計測機器を揃えることはもちろんですが,使用するセンサの校正,測定サンプルの純度,試験容器の温度や圧力に対する変化,測定容器の内壁やセンサなどへのサンプルの吸着の影響など細部に至るまで注意深く考えられた測定がなされています.また,研究者の知識や経験に基づいて巧みに設計・製作された装置が使用されるとともに,測定手法にも多くのノウハウがあることに気づきます.研究者のそのような努力の下で,不確かさが極めて小さい測定がなされています.私自身は粘度や熱伝導率といった輸送性質を測定してきました.熱伝達率ほどではありませんが,PρT性質や音速に比べれば不確かさが1桁ほど大きくなります.流量や温度変化量などの移動量を測定して物性値を特定するので,不確かさが大きくなることは避けられない,との気持ちに甘えてしまいそうですが,不確かさを「仕方のないもの」とせず,その要因を見直して小さくする努力の積み重ねが必要であると考えています.粘度測定において独自に提案したタンデム型細管法は,不確かさの低減に少し貢献できたと思っています.
 近年は機械学習による物性値の予測も盛んに行われています.しかし,AIが学習するのは測定データであり,その信頼性は元となるデータの品質を超えることはできません.不確かさを正しく評価した測定データの重要性は,AI時代において一層高まってくると思います.
 熱物性研究と伝熱研究では,不確かさの大きさも意味も異なります.しかし,不確かさを正しく理解し,誠実に示そうとする姿勢は共通しています.これは,自らの研究の限界を認めることであり,同時に,自然現象に対する謙虚さを忘れないことでもあります.不確かさと真摯に向き合う姿勢を,これからも大切にしたいと思います.


topへ