熱の「量」と「質」




諸岡 晴美  (富山大学)




第30 期(2009 年)会長を務めさせていただくことになりました、諸岡晴美(富山大学)です。どうぞよろしくお願い申し上げます。学会が発足して30 年という節目の年に会長職を務めますことは、その重大さにいまさらながら身の引き締まる思いがしています。

日本熱物性学会は、『広く熱物性値の測定・評価・普及などに携わる研究者と、研究成果の利用者との交流を通じて、熱物性研究の進展とその成果の社会への還元に寄与すること』を目的として、1980 年に日本熱物性研究会が発足し、1990 年に日本熱物性学会として発展し今日に至っています。これまでの間、学会を支え発展に寄与された多くの先輩諸氏のご努力に尊敬と感謝の意を表します。最近、茂木健一郎氏の『脳科学講義』を読みました。その中には頻繁に「クオリア」という言葉が出てきます。クオリアとは「質」を意味するラテン語だそうで、英語の「クオリティ」と同意語なのでしょう。白砂糖と黒砂糖の甘さは単なる甘みの強度で表現できない部分がある。人は単なる甘さの尺度で測れない何を感じ取っているのでしょうか。ホタルの光、夜空の星や月光と豆電球の明るさの間には、単なる明るさ(ルクス)の数値や量であらわせない[クオリア(質)」の差があることは誰もが経験しています。

お正月に温泉に行きたいと思っていた夢はかなわず、自宅のお風呂に「○○温泉」という入浴剤を入れ、あとは旅行社のパンフレットを見て行ったつもり・・・・。それにしても、入浴剤を入れたお湯の温かさが「やわらかく」感じるのは、これも「質」なのでしょうか。私たちが感じているのは人体に流入される熱の「量」だけではなく、香りや薬効成分による肌触り感。それらが総合されてお湯が柔らかく感じるということは容易に推察されますが、ただそれだけでは説明のできない何かがあります。それが温泉ならば、「ちょっぴり贅沢している」という心理的効果が可算され、さらにお湯を温かく、やわらかく感じます。入浴剤の有無や温泉の温かさには、熱の「量」だけでは測れない「質」の違いがあり、そこには人の感性や感覚が加わるものと考えられます。赤い太陽が描かれた室内と緑の木々を描いた室内が同一の温熱環境であったとしても、人の温熱感覚は異なるでしょう。これも「質」なのでしょうか。もし、赤い太陽が描かれた室内が暖かく感じ、緑の木々を描いた室内が涼しく感じるとすれば、「質」の観念を導入することによって熱エネルギーの節約、ひいてはエコ対策になるのではないだろうかと、妙に茂木氏に共感をもったお正月でした。

創立30 周年を迎え、「新編 熱物性ハンドブック」が発行され、ますます発展している本学会ですが、これまで培われてきた熱物性という「量」に加え、人の感性や感覚を踏まえた「質」の問題を付加し、人の生理・心理反応をも視野に入れた人間環境系への取り組み、人が安全で快適に生活するために必要な熱物性と、解明されなければならない熱現象などを探求する取り組みにも研究範囲として広げていければと願っています。

最後になりましたが、会員の皆様には学会活動への今後益々のご支援・ご協力をよろしくお願い申し上げます。


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