建築と熱物性




藤本 哲夫 (財団法人建材試験センター)




 鳩山由紀夫首相が、温室効果ガスの排出を 2020 年までに「25%削減」(1990 年比)するという中期目標を掲げ、各国から概ね好感を持って迎えられた。麻生前政権が表明した数字が8%削減(同)であるから、この数字の大きさ、目標達成のためのハードルの高さが分かる。国内での削減は20%が限度という環境省の試算もあり、海外からの排出権買い取りも必要となると思われる。現在のところ、まだ削減のための具体的な方法等については示されていないが、今後、様々な分野での検討が必要となる。これはまさに、熱物性の重要性が、いやが上にも増すことに他ならない。
 私はこれまで、30 年に亘り建築における「熱」に関係する試験に携わってきたが、以前に比べると熱伝導率のような基本的な物性値だけではなく、材料表面の反射率や放射率、換気や通気を含む熱移動量の測定というように、試験の内容もかなり多岐に亘るようになった。特に最近では、日射熱を効果的に除去する、あるいは効果的に取り入れるといった検討が比較的多くなっているが、現在でも建築材料の熱伝導率、比熱といった基本的な熱物性値の要求は衰えずにあり、これは30年前からほとんど変わっていない。
 本学会も30 周年を迎えるが、今から30 年前といえば1979 年(昭和54 年)であり、1973 年の第1次、1978 年の第2次という2 回のオイルショックの後で、省エネルギーが国の最重要課題であった時代である。これを機に、住宅などの建築物を断熱材によって断熱化するのが一般的となり、断熱材も広く普及したといえる。当時に比べると、現在は、断熱材がより厚く、またその性能もより高性能(熱伝導率が小さく)化し、建物の断熱性能は格段に向上している。
 今後、鳩山首相が宣言した25%削減を目標とすると、建築分野においてもかなりハードルの高い目標が設定されることになると思われる。このため、これまで以上に、建物や付属設備等での省エネルギーが重要となるが、ヒートアイランド問題や最近のシックハウス問題のように、単に断熱性能さえ向上させればよい、というものでもなくなってきているのが現状であり、建築に携わる限り熱物性だけではすまないことも増えてきている。
 また、建築物自体の断熱性能を向上させるためには、これまでの断熱材に比べて10 倍以上の性能を持つ真空断熱材のような低熱伝導率断熱材の普及が期待されるが、施工法の問題や価格の問題があり、その普及は一朝一夕には進まないようである。
 建築と熱物性を考える上でのこの30 年は、この間に様々な試験に携わって来た経験を基に、大雑把な言い方をすれば、省エネルギーを通奏低音として、断熱化の時代から結露に代表される湿気問題の時代へ、さらに温暖化対策の時代へと主題が移ってきたと言えるかもしれない。また、記憶に新しいところでは福田元首相が言及した「200 年住宅」という長期的に耐久性の優れた住宅も、熱物性を抜きには語れない。前述したように、住宅の、特に木造住宅の耐久性を検討する場合には、結露問題を筆頭に、カビや木材腐朽など、湿気あるいは水の問題は避けて通れない。逆に、保水性建材のような水をうまく使うことによって効果を上げる技術のように、熱物性値と湿気あるいは水分は切っても切れないものである。
 このように、建築と熱物性の関わりは、当然ではあるが様々である。建築物としての関わりは、最近の高断熱高気密住宅に代表される断熱材が最も関係が深いかもしれないが、前述したように最近では、ヒートアイランド対策として期待されている高反射率塗料、屋上緑化、保水性建材といったものも、その開発や評価のためには日射反射率や長波放射率、材料表面の蒸発効率といった熱物性だけではない「熱」に関係する物性値が必要となる。
 最近のように、建築物だけではなくその環境影響までをも考慮した建設計画が要求される時代では、建築と熱物性との関係も複雑になってきている。今後、「熱物性」がさらに重要となって行くであろうことは想像に難くなく、本学会のように、様々な分野の研究者が集い、それぞれの立場から熱物性を論じることは、大変に意義のあることであり、かつ、重要なことである。


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