高熱伝導性プラスチックの進歩と課題




上利 泰幸 (大阪市立工業研究所)




1.ますます求められる高信頼性
 去年は,日本の主要輸出産業である情報家電産業や自動車産業が国際情勢の影響を強く受けてしまいました.海外企業の攻勢によって日本のテレビ事業が大きく減産をせまられ,特に関西情報家電企業が大きな痛手を受けました.また9月以降,中国などとの領土問題が先鋭化して,経済問題にまで波及し,特に自動車業界にも大きな打撃を与えていました.今年はアベノミクス効果もあって,円安になりいくらか光明が見え始めていますが, このように国際競争や国際環境の影響が益々強くなる傾向は変わらず,戦略的な対応がさらに必要となり,よりイノベーションした製品開発や,消費者ターゲットの多様化に対応することも求められています.それには高機能でバランスの優れた部材の開発が不可欠でありますが,その中でも日本製品のブランドの一つである高信頼性を支える部材のために高放熱材料への期待が大きいです.
 マイクロエレクトロニクスが大きく進歩して,必要とされる機能が大きくなっているなか,軽薄短小も大きく進み,信頼性の向上が強く求められています.パーソナルコンピュータもデスクトップからノート型に,最近ではタブレット型に移行してきました.また,携帯電話も80年代は肩にかけるタイプのものでしたが,ポケットタイプに変わり,さらに性能が向上し,最近ではスマートフォンにかわり,時計のように腕に巻くタイプまで出現しています.すなわち,性能・機能の向上によって,年々発熱量が増大するにもかかわらず,装置の小型化によって熱がこもりやすくなってきて,それが寿命の低下に影響を及ぼしています.そこで高放熱性を得るために,最初は銅やアルミのような金属や,アルミナや窒化アルミのようなセラミックスが用いられてきました. しかし,部材が用いられる機器の生産量が非常に多くなり,意匠性や軽量の問題もあり,これらの材料だけでは対応できなくなってきました.そこで,成形性に非常に優れるプラスチックの高熱伝導化が徐々に望まれるようになってきました.

2.高熱伝導性プラスチックの進歩
 プラスチックの熱伝導率は金属やセラミックに比べ,一般的に非常に低いです(0.15〜0.3 W/(m·K)).そのため元来,プラスチックは気体を複合し,断熱材として種々の分野で利用されてきたのが基本であり,高配向性ポリエチレンなど繊維方向の高熱伝導化はある程度可能ではありますが,プラスチックの持つ高い成形性が発揮できません.そこで,液晶性プラスチックの高熱伝導化など,プラスチック自身の高熱伝導化も行われていますが,限界があるのが現状です.そのため,高熱伝導性フィラーを複合することによって,プラスチックを高熱伝導化することが行なわれています.
 プラスチックの高熱伝導化は1980年代に意識され始めました.まず高熱伝導性接着剤やグリースなども用いられるようになりましたが,まだまだ,高熱伝導性は想定外の機能だと考えられていました1980年代の後半になると,パワーデバイスの高発熱の問題で放熱ゴムシートや複合基板が販売されるようになりました.すなわち,金属やセラミックスとの合せ面や電子部品の取り付け部の接触熱抵抗を低く抑えるために,複合プラスチックを用い,熱伝導性グリスや熱伝導性接着剤,熱伝導シートなどの開発が行なわれました.また, この頃にはポリマーブレンドの研究も多く行われていたこともあり,プラスチックの熱伝導率の測定方法が進歩し,現在よく使われている測定法がほぼ出揃いました.それでも,複合プラスチックの熱伝導率は,まだまだ小さく,バブル崩壊の影響もあり,1990年代の中旬頃に研究・需要とも少し停滞しました.しかし2000年代に突入する頃に,CPUなどのIC基板の急激な発達によって,生産力増強の必要性からセラミック基板から複合高熱伝導性プラスチック基板への変更が強く望まれ,この分野の需要が大きくなりました.そして最近では,ノート型パソコンや携帯電話のように,さらに高集積化し高出力になっている基板が,ますます小型化する機器に搭載され,放熱性の問題がさらにクローズアップされるようになってきました.
 さらに,自動車のエレクトロニクス化が進む中,種々の高熱伝導性プラスチックは,まずECU付近や組み込みDVDの放熱を行うため用いられてきましたが,次にLED照明周りの放熱にも用いられ,最近ではハイブリッド車や電気自動車のモータや電池部の放熱への利用が注目されています.

3.日本熱物性学会への期待
 上述のように高熱伝導性プラスチックが進歩するなか,私は本熱物性学会としては,次の3つの課題があると考えています:(1)複合プラスチックの複合構造とその熱伝導現象のさらなる解明と高熱伝導化手法の開発,(2)複合材料の熱伝導率の測定法の標準化と測定結果の相互関係の整理,(3)異種材料間の接触熱抵抗の解明と,部材を組み込んだ製品全体の放熱挙動の解明.(1)に関しては,この15年近い進歩は目覚ましく,導電性プラスチックで100 W/(m·K) 近くまで,電気絶縁プラスチックで50 W/(m·K) 程度までの高熱伝導率を持つものが報告されています.しかし最高性能性品は,データのバラツキが大きく,またの物性バランスに欠け,プラスチックが持つ,軽量・柔軟性・成形加工性に優れた点を生かせてないものが多いのであまり実用化に至っていません. さらに放熱挙動として熱輻射塗料を利用した技術も最近急激に発展しています.(2)については,熱伝導率測定装置の利用が大きく広がるなか,まだまだ測定法に未熟な場合が多く,その啓蒙が日本製品の高信頼化につながると考えられます.また,測定方法によって測定結果が異なるとの報告もあり,その整合性が求められています.(3)についてですが,放熱挙動のコンピュータシミュレーションが大きく進歩しましたが,製品が複雑化する中,単純化手法などを用いてもっと簡易に予測できるシステムの開発が望まれています.また,接触熱抵抗の問題は古くて新しい問題であり,各方面からのアプローチが期待されます. これらの課題解決には,高分子化学やセラミック,ハイブリッド技術の研究者だけでなく,高熱伝導プラスチック部材を組み込む情報家電企業や自動車部品企業の研究者, さらに測定評価技術など広範囲な研究者の努力が必要です.そして,高熱伝導性プラスチックはますます進歩するだけでなく,それらを組み込んだ最終製品の信頼性を大きく高めることができると期待されます.

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