学会の仕事・大学の仕事・私の仕事




山田 純 (芝浦工業大学)




 山形での熱物性シンポジウムの少し前に当時,事務局を担当していた長坂先生(第34期会長)から電話をいただきました.編集委員会委員長の役目を終えて,穏やかにすごしていたところです.「何かな?」といながらお話をうかがったのですが…次期事務局担当の依頼でした.以前から,事務局担当の先生のご苦労を目にしていたので,私に務まるかと思うと,背中に嫌な汗がにじんでいました.山形のシンポジウムでは,長坂先生と顔さえ合わさなければ「忘れてくれるかも」と期待したほどです.そんな感じで始まった事務局のお仕事でしたが,昨年12月までの3年間,理事や評議員の方々をはじめ,学会員の皆さまの協力と支えがあって,なんとか無事に務め上げることができました.本当に感謝しています.
 思い起こせば,熱物性学会には大学院の学生の時に入会し,しばらくして,評議員に加えていただきました.このときが,学会での初めての仕事です.山田悦郎先生が事務局を担当されていました.当初は,学会がどのように運営されているのか全く理解のないまま,役員会に出席していました.どのような方々が,どのような経緯で理事をされているのか,大学や会社などの本来の仕事がある中で,理事の方々は何故多くの時間を割いて,学会運営に取り組んでおられるのか,実際,不思議でした.
 初めて学会に所属した頃は,学会は,単に研究発表や論文投稿の機会を与えてくれるところだと思っていたほどです.さすがに評議員をさせていただいた時には,ある程度学会活動の重要性を認識はしていたつもりです.しかし,その認識は,専門分野の先生とお会いして議論,情報交換ができるという程度でしかありませんでした.
 話は変わりますが,あるいは,大学の研究者というのは,個人,あるいは,関係分野のグループでの活動が多いせいか,所属する機関は単なる器と感じる人も多くなっているのではないでしょうか?ここのところ,国内でも,若手の研究者の流動性を高めるためか,時限での雇用が多くなっています.国際競争力を高めるためには必要との議論から始まったことと聞いています.そのせいか,より「所属機関を単なる器」というような考えを助長している気がします.頑張った人は,より条件のいいところに移ることができるので,このような時代の流れを否定する気はないのですが,時限での雇用の人に,大学の雑務をお願いするのは気が引けますし,本人たちも,大学に馴染めないのではないでしょうか.
 長くいる私たちには,容赦なく雑務が降ってきます.歳をとると大学運営にかかわる仕事も増えてきます.大学全体の仕事となると,いろいろな人の思惑が交錯するせいか,面倒なことも多く,「引き受けなければ良かった」と思う時もあります.ただ,そうであっても,何か訳の分からない使命感から,結構,積極的に仕事に取り組んだり,楽しんだりしています.頼られていると感じるからでしょうか.大学の仕事をすることで,いっぱしに,大学を良くしなければと考えるようになりました.学会でも状況は似ています.
 学会に入ってしばらくすると,研究に関する議論や情報交換をきっかけに,学会運営に関する仕事が回ってくるようになりました.その頃になると,雲の上の存在であった先生ともお近づきになれ,研究の助言だけでなく,さまざまなお話をしていただけるようになりました.そのことが,研究者として生きていく上で,大きな励みになったことを覚えています.そんな先生から仕事をお願いされることは光栄で,頼りにされていることを嬉しく感じました.今は,学会でのお仕事が,私を育ててくれたと思っています.偉そうな言い方で恐縮ですが,事務局のお仕事を通して,「こんな学会にできればいいな」という思いも出てきました.
 学生の皆さんや若い研究者の方々には,学会を単に研究発表の場と捉えるだけでなく,自分自身のために,学会と深く関わってほしいと思います.私には昔の先生のように,若い人を引っ張っていく力はありません.でも,一緒に飲んで楽しむこと,学会に馴染んでもらうお手伝いならできそうです...その翌週には,お仕事を頼めるように.

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