食の文化と技術の進化




山田 盛二 (サンタ ベーキング ラボラトリー)




 ユネスコ(国連教育科学文化機関)は,2013年12月4日にアゼルバイジャンのバクーで開いた第8回政府間委員会で,『「和食」の食文化が自然を尊重する日本人の心を表現したものであり,伝統的な社会慣習として世代を越えて受け継がれている』と評価し,「和食」を無形文化遺産に登録することを決めた.
 無形文化遺産の登録は,芸能や祭り,伝統工芸技術など,形はないものの土地の歴史や生活風習などと密接に関わっている「文化」を保護しようというものである.日本の伝統工芸技術としては,石州半紙(せきしゆうばんし *島根県浜田市 2009年),結城紬(ゆうきつむぎ 茨城県・栃木県 2010年)に続く登録となった.
 日本政府が,「和食:日本人の伝統的な食文化」を無形文化遺産に登録申請した際,数項目が挙げられた食の特徴において技術に関する内容にも触れられている.それは,日本の国土が南北に長く,海,山,里と表情豊かな自然が広がっているため,各地で地域に根差した多様な食材が用いられていることに対して,和食は調理技術や素材にこだわり,「旬」を大切にしてきたこと,つまり,素材の味わいを活かす調理技術・調理道具が発達しているとの記載である.
 これらの技術・道具に関しては書面による資料も存在するものの,要所となる点やノウハウの部分は職人の肌と身体と頭脳が記憶媒体であり,中には門外不出とされてきたものも少なくない.現代であれば,電子化された文書のみならず,静止画から動画までもがデータ記録として保存が可能な訳であるが,当時に受け継いだ職人がどのように感じて理解し,そして次の世代につないでいったのか,興味が尽きることはない.
 「和食」は調理技術や素材にこだわり,「旬」を大切にしてきたが,現代に目を向けると食文化の多様化が進み,時には現代の発達した情報ネットワークからビジネスライクに流行のトレンドを追わせるがための仕掛けも発信されるような状況である.そのような条件下で世に送り出された食品はリアルタイムに消費者に受け入れられることが使命であり,オリジナルの味や食感が正確に伝えられるとは限らない.日本においても「名物に旨い物なし(名物は聞くに名高し食うに味なし)」といった諺があるほどなので,元の食品が持っているイメージやブランドは活用しつつも,さらに改良が加えられていくケースも多々見受けられる.ただ,決して食品のアレンジを否定している訳ではない.そこには様々な食品素材や加工技術が求められ,クリアできた先には予期せぬ次の新たな展開の可能性さえあるからだ.
 味や食感以外にも,安全性や利便性,保存性に対して技術革新の痕跡を見ることができる.消費期限の延長を目的とした包装後にまで及ぶ殺菌処理技術,レンジ加熱や(最近では)自然解凍でおいしさを実感できる冷凍食品などは,製造工程における製法や素材のみならず,家庭での調理に至るまでを製品設計の範囲に含め,加工技術が追求されている.
 ところで,日本熱物性学会の特徴としては,やはり研究分野の多様性を第一に感じ取っている.決して大きな学会組織ではないが,それが故,熱物性というキーワードの元に様々な分野の研究者が一堂に会して討論する.自分の専門分野以外の研究者と議論することで,幅広い学際分野間の交流を図れることは,この学会ならではの特色ではないだろうか.
 食品は日本における第一次産業との関わりが強い.この分野でも,産卵の温度を探求した結果に実現したマグロの完全養殖や,寒暖の温度履歴による発芽の制御およびLEDを用いて照射する光の波長を調整し光合成を効率的に行わせる植物工場の例など,熱と関わりが深い研究の成果が出始めている.折しも本稿を手掛けている最中に,3名の日本人研究者が青色発光ダイオードの研究でノーベル物理学賞受賞といったニュースが飛び込んできた.ちなみに発芽後の植物の葉の生育には青色LEDの光の波長が効果的で,赤色LEDとの組み合わせで野菜類の育成期間の短縮や食味の改善が図れる,とのことである.

* 誤記を修正しました

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