熱と物性と学会に想う




東 之弘 (いわき明星大学)




 大学4年の卒業研究から始まった私の熱物性研究人生も,今年で36年目を迎えた.大学の研究室に入るまでは,熱物性も,冷媒さえも知らない学生であったが,恩師,先輩,同僚,後輩と多くのすばらしき指導者や仲間たちから有意義なアドバイスをいただきながら,黙々と実験を続けてきた36年であった.そして,少しずつ残りの研究人生を数える方が簡単になり,今では残りの1サイクル(おそらく,もう1サイクルでタイムオーバーかな?)で何をしようかということを真剣に考えるようになっている.そのようなこの時期,熱物性誌の前号で,4年前まで一緒に研究を行ってきた日本大学の田中勝之先生の原稿を目にした田中先生の原稿の中に,私から「3つの研究の柱を持つようにと教わった」と書かれていた自分の名前が目に付いたというのも理由かもしれないが,巻頭言の執筆を依頼され,何を書こうかと考えていた時に,この「3つの研究の柱」について書くことで,特にこれから熱物性研究の次世代を引き継いでもらう若手研究者に,私の思いを伝えられると考えた次第である.
 私が大学院を修了し,現在勤務しているいわき明星大学の母体となる学校法人に着任したのは,昭和61年4月にさかのぼる.その1年後に,福島県いわき市にいわき明星大学が開学し,装置一つない真新しい研究室から社会人生活がスタートした.着任に際し,当時の恩師である渡部康一教授,そして亡くなられた上松公彦教授から,独立するにあたっての数多くの助言をいただいたが,そのなかでもずっと心に残している恩師の教えが「3つの研究の柱」である.その内容は,自分で研究室を持って,自分の研究を進めていく上で,1つの研究テーマでは研究室を維持することは容易ではない.最低でも3つの研究テーマは同時並行して動かせるようにしておくことが良い.そしてそれで学生指導も少しは楽になるということと,私は理解してきた.
 私が心がけている3つのテーマのうち,第1のテーマが,着実に遂行していくことのできる学生時代から続けてきた熱物性に関する研究テーマである.私の場合は,冷媒の臨界定数の測定が第1のテーマであり,この研究テーマは安定して業績を出すためにも必要不可欠である.そして,このテーマで学位を取得したわけであるから,世界に存在をアピールするには一番優位性のあるテーマであるに違いないと考えている.
 第2のテーマは,世の中に役に立つテーマとすることを考えた.現実には「産学官連携」に関するテーマである.大学教員となれば,学生と違うわけであり,自分自身の研究ばかりしているわけにはいかない.人材育成が大きな職務であり,学生を社会人として立派に育て,自分で稼げる人材にすることも目的である.そのためには,学生の就職先と連携した研究が行えることも大切であり,企業にとっても魅力のある研究をすることが必要となる.ちなみに,産学官連携の共同研究は,公的資金や外部資金を稼ぐことにも直結する場合が多く,今の時代の研究者には重要なことである.
 さて,第3のテーマであるが,地方の大学で仕事をすることになった私は,「地域貢献」をテーマに選択した.熱物性とはかけ離れたテーマになるが,地方大学が生き残るためには重要なテーマである.私の場合,4年前の東日本大震災で,突然に日本で最も復興が必要な地区の限られた大学の教員の一人になった.特に,エネルギー問題が重要な課題となったこの震災では,熱分野の専門家の存在は大きく,震災前に比べて,格段に地域と関係した仕事が増えてきた.今では,福島県庁のほとんどの部署に知り合いや仲間ができ,再生可能エネルギー教育や放射線教育などという,学校教育分野にまで進出していることになっている.まさに地域に貢献できていると感じられる仕事である.
 研究者が自立するために,研究テーマの選択は重要である.本来の熱物性に関わる研究テーマだけでなく,幅広く,フレキシブルに対応できる研究テーマも必要であり,次世代を担う研究者には,複数の研究テーマをこなしていく研究者になってもらいたいと期待している.

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