学会と熱物性とエネルギー変換と…




花村 克悟 (東京工業大学)




 昨年(2014年)の第35回日本熱物性シンポジウムの実行委員長を務めたことから,この巻頭言を執筆する機会をいただきました.実は,私は2006年の京都で開催された第27回シンポジウムの参加に併せてこの熱物性学会に入会しました.つまり会員歴は熱物性学会の歴史のおよそ4分の1に過ぎません.熱物性の研究については全くの素人でしたが,その少し前からに立ち上げた熱ふく射の放射波長制御,特に近接場光の波長制御といった研究を通して深く関わるようになりました.最近では,「エネルギー変換に関わる熱物性·界面物性」といったオーガナイズドセッションを数名の方々と担当させていただいています.このように学会や研究会は,その道を長年に渡って極める研究者でない場合には,研究を進めるうえで必要になった時に入会し,その研究の展開が一段落した場合には退会もあり得るもの,と個人的には考えています.
 最近,所属するいくつかの学会においては,会員を増やすための活動の検討や,会員へのメリットの議論,さらには会費の適正値など,学会存続の議論に大いに時間を費やしている場合があります.私は,必要であれば高い会費でも入会し,シンポジウムや学会誌をとおして会員価格にて有益な情報が入手できることそのものがすでにメリットとして約束されている,といったそもそも論に徹したほうがむしろ健全であると思っています.そのためには,常に新鮮な,かつ興味深い内容を発信し続けることが,当たり前のことですが,最も大事なことになります.これは学術的な内容ももちろんですが,社会に還元できる,あるいは貢献できる情報の発信も忘れてはならないと思います.後者について考えてみると,熱物性の研究は,その多くが社会への貢献に直結している分野ではないかと思います.言うまでもなく,熱流束や物質流束,さらにはエネルギー変換効率の試算はもちろんのこと,それらの大流束化あるいは高効率化を図るためにも,利用する素材の物理化学的な物性値を熟知している必要があります.また,食品などのように様々な化学種のみならず気泡や水分なども混ざり合っているものの物性値は,一般にはほとんど入手できないにも拘らず,その製造過程や料理手順にも大きく関わってきます.知人のミシガン大学のある教授は,料理は科学である,といって和食と日本酒の味を堪能されていますが,その科学のメスを入れる際にも,物性値は大変重要です.ただ,今まで誰も測定していない,あるいは測定することが困難である場合には,その測定法の試行錯誤を繰り返す地道な努力と時間を要することから,任期制ポストが増えているなかで,こうした研究を担える人材を育てることが難しくなっていることも現実です.
 このような状況を少しでも緩和するためには,長年にわたって培われた測定手法や実験におけるちょっとしたアイデアなどを,学会内で,例えば研究会や勉強会を通してお互いに共有し合う,あるいは若い研究者向けに提供する,といった取り組みが必要に思います.その役割を果たしているかどうか自信がありませんが,ふく射に関する勉強会を毎年2回ほど開催しており,各研究室の実験に関わるちょっとした疑問点やアイデアなど,学会では聞けなかった勘所を大いに披露することを進めています.事の始まりは,元会長の牧野俊郎先生の呼びかけに始まり,最近では,1つの研究室の中で同じ研究テーマを引き継ぐことができず,せっかく培われた技術も終焉してしまいかねないので,次は日本のどこかの研究室で受け継げば,との思いも含まれています.これは,熱物性学会の中で「ふく射性質とその放射制御に関する研究会」として認知されています.この時間を要する地道な研究に加えて,素材そのものが有する物性に,能動的に波長オーダーあるいは原子オーダーの構造を組み合わせることにより,今までに無い見かけ上の物性値を創出する,いわゆるメタマテリアル(既存の物性を超える物性),といった研究もここ10年余りのトピックスとして大変興味深く,熱物性学会としても議論を深めるべき領域だと思います.必要なくなれば退会も前提に入会するものとの思いとは裏腹に,エネルギー変換に欠かせない研究の一つとしてますます熱物性の深みに入りそうです.

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