熱拡散率の標準開発に携わって




阿子島 めぐみ (産業技術総合研究所)




 巻頭言はこれまで諸先生方が執筆されていて,とても私が書かせて頂くようなものではないと思っておりましたが,編集委員長の大久保先生から中堅の女性研究者というご指名を頂き,巻頭言を担当させて頂きます.
 私が熱物性学会に入会したのは2001年です.産総研への入所を機に研究分野を変えて,熱物性の研究を開始した時でした.それから速いもので気が付くと15年以上お世話になっております.学会に入会した当時は,自分にとっては新しい研究分野で新しい物事に囲まれて新鮮に思った記憶があります.また,熱物性学会が対象とする分野が広くて驚いたとともに,分野を変えたばかりの初心者も懐深く受け入れてくださって,それほどaway感を感じることもなく入って来られたことも有難かったです.
 私は,広く捉えれば「固体材料の熱拡散率・熱伝導率」を研究テーマとしております.より具体的にはこれらの標準の開発とそれを軸とした計測技術の開発や物性研究です.前者については,15年超携わってきて,熱拡散率の標準物質も認証標準物質2種類と標準物質1種類を供給できる体制となり,ようやく手応えを感じられるようになりました.熱物性の標準は,1960年代にNISTが標準物質を開発して供給中ではありましたが,2001年頃には「在庫なし」になりつつあり,危機的状況であったと思います.それらを背景に日本発の標準を作るというミッションの元,熱拡散率の標準開発に着手いたしました.私は分野を変えたので,この時に初めてレーザフラッシュ法を使い始めた次第で,1961年にParker博士が開発して日本でも多くの先生方が研究を続けて来られた測定手法を更に発展させて標準を作ることが素人の自分にできるのかという不安もありつつ,当時「標準」「熱物性」のいずれについても初心者だった私にとっては,開発期限も決められていて大きな壁に思えました.反面新しい分野で前向きな気持ちだったので,周りの方々に助けて頂きながら目標も達成できました.標準開発では,測定した熱拡散率がどの位確からしいのか,温度依存性をどのように表現するか,測定条件に依存しない値は得られるのか,この手法でどこまで測定が可能なのかなど,一見研究要素ではないようなことも研究要素です.この分野で自分なりに納得できるようになるには数年かかりましたが,“継続は力なり”で現在も楽しみながら研究を続けています.レーザフラッシュ法は,研究し尽くされているという見方もあるかもしれませんが,新しい材料を工夫して測定する機会に恵まれる度に新しい発見があり,研究要素はまだあると思っています.また,熱拡散率の測定は材料も範囲も多様化してきているので,それらの信頼性評価を必要とする妥当性確認や校正でお役に立てるような標準を,その使い方も含めて充実させていきたいと考えています.そのためにも標準を軸としながら計測技術や物性の議論へも拡げて行きたいという思いがあり,レーザフラッシュ法に留まらずに自身の測定手法を定常法へと拡げたところです.自作装置が測定可能となった段階ですが,更に新しい測定方法も検討しながら,使って頂ける標準を目指します.
 最後,今回巻頭言のお話を頂くきっかけとなった女性研究者について考えてみました.“リケジョ”と呼ばれてみたり,研究職員採用比率の目標値があってみたり,今でこそ何かと注目されていますが,女性が困難を感じる案件は諸先輩方が尽力くださって対応済みのことも多く,私の世代では男女差を感じることが少ないと認識していて,過度な注目は不自然に思うこともあります一方で,私自身が研究所や学会等で素敵に生き生きされている女性研究者のお会いできることが励みになっています中堅となった立場で,自分が一人の研究者としてはもちろん,女性研究者としても魅力的で居られるように精進して研究を続けたいと思います.

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