高温融体物性




福山 博之 (東北大学)




 高温融体物性の魅力とは,何であろうか?固体物理では,フォノンの熱振動に邪魔されず,物質本来の性質が発現する低温物性が研究の一分野であろう.超伝導も極低温で発現する.電子比熱の寄与も極低温で顕著になる低温には秩序がある.熱力学の第3法則によれば,すべての完全に結晶質の物質のエントロピーは0 Kで0である.精緻な静寂の世界を思い浮かべる.一方,高温の世界は,何と混沌としていることだろう.かのKen Mills教授の言葉を借りると, “At high-temperatures, everything reacts with everything else”,つまり,高温では,反応速度が速いため,物質は互いに反応し,反応容器も汚染源となる.高温融体には,複雑な対流が存在する.浮力対流,マランゴニ対流,誘導加熱では,電磁流体力学的な対流も加わり複雑性は増す.拡散係数や熱伝導率を測定する上では,極めて困難な状況である.また,そもそも温度計測の不確かさが高温になるほど増してくる.1990年国際温度目盛(ITS-90)の定義定点の最高温度は,高々銅の凝固点の1084.6℃にとどまっているが,これは,これ以上の温度では,グラファイト製坩堝が金属を汚染するためである[1].このように高温融体の熱物性計測は困難であるが,困難だからやりがいがあるし,何とかしたいという気持ちも湧いてくる.困難さという意味で,私にとって強烈な思い出は,地下無重力実験センター(JAMIC)で行った溶融金属の熱伝導率測定である.炭鉱の縦穴を改良した全長710 mの落下塔施設では,約10 s間10-5 Gという良質の微小重力環境が得られる.この10 s間の微小重力環境を利用して,自然対流を抑制した溶融Siの熱伝導率測定を試みた.落下カプセルに自作の電気炉を2台セットし,炉内にSiやNi試料を入れた容器と非定常熱線法のプローブをセットする.人間が搭乗できないのですべて遠隔操作である.落下直前に反応容器が割れ,融けたNiが流出し,カプセル内で火災を引き起こしたこともあった.非定常熱線法の保護膜も改良を重ね溶融金属に浸漬しても溶断しないようになった.多くの課題を一つ一つ解決し,落下実験自体は成功するようになった.しかし,得られた溶融SiやNiの熱伝導率は,あり得ない小さな値であった[2].
 当時,東工大に所属していた私は,平成16年に東北大に異動し,熱物性の研究を継続した.この異動は,私の熱物性研究上の大きな転機となった.電磁浮遊した金属液滴に静磁場を重畳して,液滴内の流れを止め,真の熱伝導率を測定するというアイディアを実現する場を得たのである.東北大学金属材料研究所強磁場超伝導材料研究センターの超伝導磁石を使用して,電磁浮遊装置を組み込み,実験を行った.ようやく納得のいく熱伝導率の値が得られた.この結果をベースに共同研究者らと測定技術に磨きをかけ,今日の超高温熱物性計測システム(PROSPECT)の開発に至った[3].本システムは,今日も進化し続けており,新しい成果を生み出しつつある.外部からの測定依頼も増え続け,鋳造,溶接,結晶成長など従来の材料プロセスだけでなく,福島原発事故の解明,耐熱合金の開発,金属3Dプリンターなどへの熱物性値供給を通じて,研究成果が少しは社会に還元できていると思うと熟物性研究者としてうれしく思う.最近,産業技術総合研究所の山田善郎博士らが開発した放射率フリーの温度測定法[4]を電磁浮遊液滴に応用しようと共同研究に着手した.当研究室で培った熱物性計測技術に山田らが開発した測定原理を適用することによって,これまで浮遊法の弱点であった温度計測を克服し,究極の熱物性計測法を確立したいと思っている.

参考文献
[1] https://unit.aist.go.jp/ripm/aplradrg research.html#ht
[2] K. Nagata et al, High Temp. Mater. Proc., 22 (2003) 267.
[3] 福山博之,計測と制御(解説), 54 (2015) 303.
[4] Y. Yamada and J. Ishii Int. J. Thermophys., DOI10.1007/s10765-015-1870-y, published online.

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