研究環境が変化して思うこと




大村 高弘 (和歌山工業高等専門学校)




 私が熱物性学会に入会したのは,前職に就いた1992年の頃でした.企業の研究員として断熱材の熱伝導率測定に関する研究に取り組みはじめ,保護熱板法(GHP法)や非定常熱線法,熱流計法などを勉強しておりましたそんな私にとって熱物性学会は最大の勉強の場であり,単に知識や研究動向を知る場というだけではなく,研究者としての考え方を学ぶ場でもありました.90年代は景気もよく,研究所内では新しい測定方法にもチャレンジしようという気風がありました.そこで着手したのが周期加熱法です.それから20余年,周期加熱法による測定方法の確立に注力してきました.断熱材の熱伝導率測定は,世界的にはほとんどGHP法が使用されています.しかしながら,数百℃を超えた中・高温度領域では同じGHP法に基づいているにもかかわらず,異なる装置間で大きなばらつきが生じてしまいます.それを解決するためには,異なる測定方法による比較が必要だと考えました.その測定方法の一つが周期加熱法です.ただし,周期加熱法は熱拡散率を測定する方法であるため,比熱を別途測定する必要があり,投下法による測定装置も同時に開発しました.長年の取組みの甲斐があって,周期加熱法をISOへ提案することが決まり,昨年ベルリンで開催されたISO総会に臨むことができました.しかしながら,ワーキンググループ成立には至らず,今年度,東京で開催される総会にて再度提案することになりました.周期加熱法がISO規格となり,国際標準の一つとして認められれば,GHP法との測定比較による断熱材の信頼性向上がさらに進展すると期待できます.
 その一方で,私はGHP法による測定精度の向上に関する研究にも取り組みました.装置間の測定ばらつきだけでなく,同じ装置を使用していても,雰囲気温度などに起因したばらつきがあり,数%から場合によっては十数%以上の変化が生じてしまうことが分かっています.すなわち,測定の際に試験にかける温度差や試験体側面付近の雰囲気温度の設定で,微妙に熱伝導率が変化してしまうという状況になっているのです.そこで,このばらつきの原因が試験体側面方向への熱損失であると仮定して,熱伝導率を推定する方法を提案しました.この方法の妥当性を確認する際にも,周期加熱法との測定比較を行いました.何種類かの断熱材に対してこの方法を適用したところ,有効であることが確認できました.現在では,さらにこの方法をGHP法以外の測定にも応用しようとしています.これが実現すれば,かなりの低価格で測定装置を製作でき,しかも高温下や真空下のような過酷な環境での測定が容易になると期待できます.
 物性値を正確に測定すること,これは測定者にとって永遠の課題だと思います.ばらつきをいくら小さくしても満足できず,他の測定方法による結果との比較をする.期待通りの一致を得ても,何かミスはないかと不安になる.だから,測定点数を増やし,温度や雰囲気などの条件も変えて測定し続ける.それでも,さらなる確証が欲しくなり,理論計算や数値計算による裏付けも加える.こんな心境が20年以上続いております.企業の研究者から中立的な立場の研究者となり,自由な心境で研究できる場を得ても,測定に対する考え方は変わりませんでした.ただし,自由な研究環境を得たことで,毎日,学生と研究を通してエンジョイできるようになり,企業では味わえない楽しみ方を知りました.一方,デメリットとしては研究資金不足があります.しかしそれを逆手にとって安価で正確な測定方法の研究に取り組むことにしました.環境の変化をどのように捉えるかで研究内容も変わってきます.楽観的な考え方が,興味深い研究テーマに導いてくれると信じています.
 高齢化社会がさらに進めば,若い研究者だけでなく,ベテラン研究者もこれからの熱物性研究を担わなければなりません.それ故,環境の変化をチャンスととらえる考え方が重要になると思います.これからも多くの研究者が素晴らしい成果を上げることを願っております.

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