学会についての雑感




小原 拓 (東北大学)




 未熟ながら41期会長を務めます.宜しくお願い致します.
 私は正統的な熱物性の研究室で教育を受けたことがなく,熱物性(学会)の常識に欠けるところがあると思います.主な専門は液体の分子運動で,熱物性値を計測というよりは解析の対象として見ています.大学の附置研にいますので,美しい学問体系の一角を担うことに憧れる一方で,新しいことを探すヤマッ気があります.孤高の研究者として独走する実力はなく,学会にはずっとお世話になってきました.以下は,このような傾向がある一会員が本会に対して勝手にもっている感想だと思ってお読み下さい.
 多くの学会が,クルマなど特別な対象をもつごく一部を除いて,会員の減少に悩んでいることはご存じのとおりです.このことは,日本における科学技術の退潮や研究従事者数の伸び悩みなど暗い要因ばかりによるものではなく,研究の細分化と共に研究者個人の勘が利く範囲が小さくなり,深掘りに新しい発見が期待されていること,例えば「機械工学」のような大きなスケールでは,一丸となって取り組むような新展開がもはや期待し難い[1]こと等,学問分野の成熟に伴う構造変化を反映しているものと思われます.
 その意味で,約400人という本会の規模は「悪くない」もので,大規模学会とは状況が異なって,必ずしも前途を悲観する必要はないと思います.ただし,熱物性ならではの特殊な事情として,熱物性の定義や新しい計測法の発明だけでなく,良いデータを得て展示すること自体が大きな貢献であること,後者は研究としての重要性を主張するのに工夫が必要なこと[2]などを挙げておきたいと思います.
 このような専門学会の存在意義は,社会的には正しい科学的知見を発する権威であり,これは学会内外において堅固な志操によりホンモノを見出してニセモノを排除することにより達成されます.一方,会員にとっては,学会は高いレベルの議論と修練の場です.いずれも簡単なことではありませんが,本会の設立から40年を経た現在,このことを時には確認して惰性を戒めることが必要だと思います.
 本会の組織や運営は,学会設立当時を彷彿とさせるものが多く残っていて,シーラカンスの趣があると言ったらお叱りを受けるでしょうか.悪い意味はありません.例えば会則は,多くの学会が法人化を機に洗練された定款をもった[3]のに対して,会員相互の信頼に基づく簡潔なもので,同学の士が熱い志と仲間意識をもって結成した勃興期を想像させます.会の運営でも,ルールは最小限にして話し合いで決める[4],人間関係が濃く面倒見が良い[5],自前主義[6],保守的[8]などの際立った特徴を感じることがあります.
 さて,学会は今後変わってゆく必要があるでしょうか.シーラカンス的価値は変わらないことに意味がありますし,昨今の学術振興や評価法が奏功していないのを見るにつけ,時流に乗り過ぎることにも抵抗を覚えます.一方で,赤字体質など財政的問題や仕事を担う余裕が会員になくなっていることなど,喫緊の課題があります.そろそろ進化をしてみるべきなのか,それともシーラカンスが幸せに暮らせる海はどこかに残っているのか,いずれにしても方向性が必要なものと思います.学会の本当の目的を見失わないこと,会員の意見が正しく反映されること,これらの点を大事にしつつ,皆さんと一緒に方向を見定めたいと思います.


注記
[1] 人間社会とのかかわりや科学史など例外はあります.
[2] 最近は,学問の評価基準としてinnovativeであるかどうかが大きくなり過ぎています.未知の現象やメカニズムの発見を重視してincrementalな論文を掲載しないジャーナルも出てきていますが,データの網羅的な蓄積を担う立場からは,その営為が正しく評価される場所が必要です.
[3] 公益社団法人の定款は,どこの学会でも同じ雛型から出発したものです.一般社団法人もほぼ同様です.
[4] 信頼できる仲間内で柔軟性を重視すればこうなります.ただし,全会員が参加できているかに注意が必要です.
[5] これは学会の重要な意義の一つですが,パターナリズムの側面に関しては,今日的な議論があり得ると思います.
[6] これは設立後のある時期からだと思いますが,学会の運転を全て自分たちの手でしようとする考え方で,事務局担当が大変な苦労をする[7]代わりに,他の担当の方々と協力して全てを把握しているという安心感を得ています.
[7] このサイズの学会は,事務職員を雇用できず,会員が事務を執るか外部の業者に委託するかの二択です.今は前者で,担当副会長の労力は大変なものとなっています.
[8] やり方を変えるのに熟議します.シーラカンスたる所以です.これは古くから蓄積したデータを維持・活用しようとする分野の特性から来ている面もあると想像します.

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