マレーシアの生活と熱物性学会




宮良 明男 (佐賀大学)




 教科書巻末の物性値表から数値を読み取り,熱力学の難解な演習問題を電卓を何回もたたいて解いていたのはかれこれ40年近くも前,琉球大学の学部2年生のころである.当時はそこに当り前のように数値があることに何らの疑問も持たず,問題の答えを出すことだけを考えていた.当時は熱物性のエンドユーザーで,全ての熱物性値はどこかに用意されていると思っていたようであり,熱物性値が無ければ問題を何一つ解決できないことには全く気が付いていなかった.
 九州大学大学院に進学し,藤井哲教授と小山繁助教授の下で非共沸混合冷媒を用いたヒートポンプサイクルの研究を行うことになった.実験に使用した冷媒は現在では Phase outしたR22とR114であり,それぞれの純冷媒の熱物性値は用意されていたが,混合した場合の気液平衡の情報は全くなく,そもそも「気液平衡って何?」というレベルであった.先生方からいただいた参考資料や化学熱力学,物理化学などの基礎的な教科書で活量やフガシティーなどの聞きなれない専門用語と格闘しながら,最終的に修正BWR状態方程式を使ってPvTx関係や気液平衡,比エンタルピー,比エントロピーを計算することになり,全ての熱力学性質が計算できるサブルーチンを組み込んだプログラムをN88-BASICで作成し,気液平衡の数少ない文献データを入手して混合パラメータを決定した. NISTのREFPROPほどのレベルには至らなかったが,完成したプログラムを使って実験や解析ができるようにしたことに一人悦に入っていたように記憶している.確か5インチのフロッピーディスクに保存していたはずであるが,当時作成したプログラムがどこを探しても見つからないのは誠に残念である.
 熱伝導率や粘度などの輸送性質は,R22およびR114の蒸気表に掲載されている値を近似する温度と圧力を独立変数とした多項式を液および蒸気についてそれぞれ作成し,ハンドブックや論文で見つけた混合物に対する推算式の中から最も信頼できると推奨されている式にそれぞれの純冷媒の計算値を入れて,何とか混合液および混合蒸気の物性値を計算して凝縮および蒸発熱伝達の整理を行った.混合冷媒の輸送性質の推算値に対する信頼性を検証する術が当時は無く,値が大きく外れることはないと選定した式を信頼しつつも,確認できないことを少し心配しながら博士論文を書いた.熱物性値は伝熱やサイクル性能評価の道具として多用しており,熱物性ヘビーユーザーになっていた.また,熱物性プレイヤーの真似事程度ではあるが,状態式を用いた気液平衡推算や熱力学性質の計算,混合冷媒の輸送性質の推算などを経験できたことは,その後の研究活動に大いに役立った.
 佐賀大学に赴任した1989年からしばらくは熱物性ユーザー&初心者マーク付き熱物性プレイヤーとして自作の熱物性推算プログラムを使い,またその後だんだん有名になってきたREFPROPを1998年のVersion 6.0から使い始め,単一冷媒や混合冷媒の凝縮や蒸発の実験を行った.当初は両者を併用していたが,REFPROPの機能が上がり,Version 8.0のころには,自作のプログラムはほとんど使わなくなり,残念ながら完全な熱物性ユーザーとなった.
 小山繁先生から「今後は新冷媒の熱物性測定が重要になる.ついては佐賀大学で熱伝導率と粘度の測定を行ってほしい」と依頼されたのは2009年であった.全く知識も経験も無かったので不安はあったが,恩師の頼みであり,二つ返事で引き受けた.熱伝導率は,ハンドブックや国内外の論文を参考に測定装置を見様見真似で製作し,まともな値が出るまでに時間はかかったが,何とか結果を出せるようになった.粘度は,装置製作の時間を短縮するために市販の粘度計での測定を試みたがうまくいかず,九州大学で水素の熱物性を研究されていた新里寛英先生の指導を受けながらタンデム型細管法を独自に開発し,これも何とか結果を出せるまでになった.
 しかし装置の完成度はまだ十分なものではなく,測定の安定性や小サンプルでの測定など,改善の余地はまだまだ多い.また,測定値の偏差が数十%になることも多い凝縮や蒸発熱伝達の分野で長く研究し,熱力学性質では0.1%以下,輸送性質でも数%以下の不確かさの高精度な測定が求められる熱物性の分野で,初心者マークがまだ外せない状況ではあるが,熱物性ユーザーとして受けた恩恵の恩返しができるデータを少しでも多く提供し,熱物性分野に貢献できれば幸甚である.

topへ