錬金術




宮崎 康次 (九州工業大学)




 つい先日始まった東京オリンピックでは,既に柔道,体操,水泳,卓球,アーチェリー,サーフィンとメダルラッシュでグローバル化の時代にあって愛国心に燃える数日を過ごしている.ソフトボールも既に銀メダル以上が確定で,バレーボール,野球,サッカー,バスケ,陸上とまだまだメダルが期待される競技が残っており,日々の仕事が手につかない.ここ一番の勝負で負けるのが日本人と思っていたが,お国のためにといった変なプレッシャーを感じなくなったのか,素晴らしいプレーを見せる若い世代を見て,明らかに何かが変わっていると感じて歳を取ったと実感する.何かの錯覚でただ単に日本人選手が強くなっただけなのかもしれない.
 オリンピックの時期になると金,銀,銅の話題に触れ,その熱伝導率は値の高い順に銀,銅,金といった話が流行る.どこかの雑誌で触れられた1回限りの印象的な記事を個人的に記憶しているだけなのかもしれないが,使い古されている気もするので少し話題を変えたい.鉛から金を作る装置をレオナルド・ダ・ヴィンチが実現していたというフィクションを軸としたハドソン・ホークというハリウッド映画で「一流の泥棒は鉛と金を目隠しされても区別できる.」というくだりがあった.鉛は重いと言っても,金はさらに倍ほど密度が大きいので,慣れていれば重みでわかるだろうと思う.機会があり重水を持ったことがあるが,密度1割の違いでもはっきりとわかる.同時に熱伝導率が10倍ほど金の方が高く,ルートを取る熱浸透率となっても4倍ほど金が高いので,熱物性の観点から触った瞬間にどちらが金か,さすがにわかるだろうと今になって思う.金の延べ棒を購入するほどの財力はないので経験はないが,金のほうが触れば冷たいぐらいの差はあるだろう.鉛はさすがに金とは遠すぎる.周期表を確認すると,陽子1個の差で金の左隣は白金で右隣が水銀である.白金も貴重だとすると,水銀は何かに使えそうだが,多くの錬金術士もそれに気づき,水銀をなんとかしていたのが一般的なようだ.陽子の周りを電子が回る原子モデルを提唱された長岡半太郎教授も水銀に着目して,大電流を水銀に流すことで陽子を一つ剥がし,錬金を目指されていたことは有名である.
 錬金術ではすべての金属はその本質に金を含有し,宗教的な条件も含め,すべての完璧が整えば金属から金を生み出せると考えていたようである.その完璧要素の一つが「賢者の石」で,あまりにも完璧な石であることから不治の病を治し,不老不死を叶えたり,人間の夢をなんでも実現してくれる代物なのだそうだ.オリンピック開会式の曲で使われたドラゴンクエストでHPを回復してくれるアイテムではない.錬金術は,やがて金を生み出すために「賢者の石」を作り出す学問に発展していくのも興味深い.辰砂と呼ばれる硫化水銀は赤く,不老不死の薬として中国で信じられていたことと錬金術で水銀が特別な存在であることも無関係ではなかろう.ただし私が言うまでもなく深刻な大間違いであり,服用するなどもっての外である.金とか,不老不死とか,人間の欲望のど真ん中であるが,そこへ直結できる都合の良い道具などあり得ない.コロナ禍におけるオリンピック開催であるが「賢者の石」があれば一発解決だったが残念ながらそんなものはなく,今も関係者の必死の対策で開催されていることは想像に難くない.mRNAワクチン開発も20年以上の歴史があることを知り,国内でも治療薬が既に治験に入ったとのニュースもあり,そこには地道な努力の積み重ねがあることを改めて思う.
 さて熱物性研究における錬金術はなんだろうかと考えさせられる.せっかくなら成果が社会に役立つ方が達成感もある.国はアフターコロナに向けた研究に旗振りを始めているようだ.移動がそれほど重要でなくなった社会では超分散型社会はキーワードになるだろうか.そうなるとエネルギーも自給自足の時代が来るのだろうか.コロナ禍と関係なく2050年カーボンニュートラル実現も無視できない.明らかに熱に関わる研究が重要と感じるものの,やみくもに「賢者の石」を追っているのではないかと研究の難しさを感じるオリンピック週間である.

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