雑感2022秋
山田 修史 (産業技術総合研究所)
巻頭言の執筆依頼を頂き,このような幸運の女神の前髪は秒でつかめ!と反射的にお受けしましたが,冷静になってみると巻頭言を書けるような文章力は持ち合わせていないことに気づきました.やはり今回の執筆依頼はお断りしようか…とも思いましたが,それもご迷惑だろうと編集委員の先生には小学生の作文をしますとお断りを入れたうえでお受けした次第です.さて,今年2022年もあっという間にあと2か月ほどになりました.今年は例年にも比して国内外の状況が大きく変わり,”これまで経験したことのない“との修飾語が普通に感じられるようになっています.新型コロナについては第7波がほぼ終息し,次は第8波とインフルエンザの同時流行に警鐘が鳴らされているところですが,日々のニュースに”3年ぶりの開催“という見出しを目にするようになり,良い方への変化も着実にあるのだなと無邪気に明るい期待を抱いています.
小職の所属する産業技術総合研究所計量標準総合センターでは我が国における計量に関するSI単位による標準にかかわる研究・業務を担っています.熱物性に関する標準については,熱分析機器の校正や妥当性確認には必須となる標準物質(試験片の頒布)とユーザ持ち込みの参照試験片や計量器物の熱物性の校正試験の二つの形態により提供しています.これらのサービスの提供はカタログ品の市販装置では実現できないことがほとんどであり,SIトレーサブルな計測が可能な計測システムおよび測定プロトコルを自ら開発することが必要となります.これらの開発では製品化では必要な汎用性や拡張性には目をつぶり、校正結果がSIにトレーサブルの連鎖が確実となることはもちろん各計測ステップ,要因における不確かさができるだけ明確に推定できることを念頭に置いた計画・設計から始めることになります.無事にシステムの試作が完了しても実戦に投入する前に計測にかかわる不確かさの評価を行います.不確かさの推定では,計測を表現する数学モデルの構築とこれを構成する各要素の不確かさの定量的な評価を行います.前者は基本的には最終結果を算出する導出式(および手順)がこれにあたり,後者はその式に含まれる測定量などの変数の不確かさとなります.ここで導出式の中に顕わに含まれていないが結果には影響を与える要素や手順についても不確かさの積算において個々に追加する必要があり,非常に厄介な作業となります.特に不確かさを定量的なパラメータで表示できない効果や統計的な処理が難しい要因についてはその大きさを数値的にどう設定するかに大いに悩まされます.また,熟考の上で積み上げた不確かさより実測結果のバラツキが大きくなる場合もあり,不確かさを不当に小さく見積もっていないか,見落としている要因はないかと血眼になります.ここで最も恐れることの一つとして,値が外れることがあります.値が外れるとは例えば,国際比較に参加し各機関が持ち寄ったデータによる参照値から自分の結果が大きくずれることや最新の校正結果が従来提供した値と有意に異なることです.このようなトラブルは校正の不確かさを大きく設定しておけば回避可能であり,ともすれば不確かさを安全サイドに…との誘惑にかられることもあります.安易に不確かさを大きくすることは巡り巡って我々の提供する値の信頼性を損なうことにもなるため,変わらぬ標準を実現するために不断の検証とシステムの改良を行っています.
今秋,もう一つ大きく変わる出来事がありました.日本熱物性学会は以前からあった学会運営に関する懸念事項に対処するために法人化への舵を切りました.先日のシンポジウムでの総会において森川学会長より,「学会設立 50 周年を控え,本学会の特色をすべて活かしながら,さらに社会的な責任を負うことのできる学術団体として確固たる地位を築くために,一般社団法人化を目指す」との提言がありました.学会の法人化には順調に進んでまだ数年先のことになるとのことですが,一会員の立場においては会費が増額されただけならない様,あくまで法人化は手段であり目的ではないことを心に留めて,日々の研究活動に努めていきたいと思っています.